理科読日誌

親子で楽しむ科学の本

物理学との出会い

子どもの頃からカタカナが苦手です。
「ポロライドカメラ」だと、ずっと思っていましたし、世界史に登場した人物の名前をノートに取る段階で間違え、そのまま暗記し、テストで×がつくまで気付かないなどということは日常茶飯事でした。
そんな己の特性を長らく忘れていましたが、"みっつん"と絵本を読む生活が始まり、「ひらがなだけ」で書かれた本を読む難しさに四苦八苦するうちに、そのことを思い出しました。
ばばばあちゃんが次々に家具を庭に出す中、なぜ「きょうだい(兄弟)」を?・・・ハッ、「鏡台」か!?とか、書かれていないことを雰囲気で読んでしまったりなどということが、しょっちゅう起こっています。

数年前に、中尾清月堂というお菓子屋さんが
「みまなさに だじいな おらしせ。
こたのび なかお せいげどつうが
ぜたっいに ばれないように どやらきの
リニュアールを おなこいました。」
という広告を出し話題になりました。
言葉の一部分と文脈があると、書かれていない言葉が読めてしまう現象は、タイポグリセミア(Typoglycemia)というそうです。
きっと私の頭の中でもこの現象のようなことが起きているに違いありません。

そんな「自分の目にしているものがちゃんと見えている」自信が持てない私が、先日、"みっつん"と書店に行ったときのこと、絵本のコーナーをいつものようにパトロールしていると「りょうしりきがく」という文字が目に飛び込んできました。
あらやだ、3度の飯と物理が大好物なもので、うっかり見間違えちゃった。本当は何なの?としっかりタイトルを読みました。

『りょうしりきがく for babies』

間違えじゃなかった!
絵本のコーナーの中でも、かなり低年齢層をターゲットにしていそうなエリアに、「量子力学」というタイトルの本が!?
なになに、クリス・フェリーさんがお書きあそばして、村山斉さんが監訳なさっている・・・。

ここで購入を決めました。
こんな素敵な絵本が出ていたのに気づいていなかったなんて、不覚!と思い隣を見ると、またもや衝撃が!

『そうたいせいりろん for babies』(著者・監訳者:同/サンマーク出版)

そんなわけで、ルンルン♪で2冊を連れて帰宅。
その日の寝る前の読み聞かせタイムは、これを読ませてほしい!とアピールして、"みっつん"のお許しをもらいました。

まずは量子力学から。
シンプルなイラストと言葉で量子力学が語られています。
4歳児はどのような反応をするのだろう?と思いつつ読み進めていくと、電子がいられるレールは決まっているという部分に「鉄ちゃん魂」が反応。
「レールの上しかダメだって!」と食いつき始め、エネルギーを得ると一気に隣のレールへ移るという説明に「隣のレールにぴょーん!って行けるね!」と満面の笑み。
さすが、我が息子。励起をエンジョイできるとは、おぬし、なかなかやるな!

思った以上の好反応に調子づき、続いて相対性理論へ。
残念ながら、空間のゆがみはレールほど「鉄ちゃん」のハートには刺さらなかったようでした。
でも、監訳者の言葉として村山斉さんが書かれいてるように、この絵本が"みっつん"の「心に何かを残し『科学を避けない大人』に成長してくれる」といいな、とこっそり願う母なのでした。

安野光雅さんの『はじめてであう すうがくの絵本』(福音館書店)シリーズが大好きなのですが、この物理学シリーズもあと2冊:『ニュートンりきがくfor babies』と『ロケットかがくfor babies』を合わせて揃えたくなりました。

世界の見方

「鉄ちゃん」まっしぐらな"みっつん"、最近は「踏切愛」が強まっています。
1歳の頃から公園に行けば棒を拾って喜んでいたのですが、2歳を過ぎた頃から棒を手にすると「カンカンカンカン♪」と踏切の警報音を口ずさむようになりました。
"みっつん"が我が家の近くにある2種類の鉄道会社の踏切の音を再現するのを聞いて、初めて2社の警報音が違うことに気づきました。

そんな"みっつん"と暮らすうちに、踏切をパーツで認識するようになってきました。
長い棒や縞々のものは「遮断桿(かん)」、×は「踏切警標」、矢印は「方向指示器」といった具合です。
『ふみきりくん』(えのもと えつこ 文・鎌田 歩 絵/福音館書店/2019年)は、もはやバイブルといっても過言ではありません。
『でんしゃだ、でんしゃ! カンカンカン』(津田 光郎/新日本出版社/2011年)も、何回読んだか分かりません。

4歳になり、一人で遊べる時間も増えてきました。
先日、一人黙々と直線や曲線のパーツをつないでレーシングカーのコースを作っていた"みっつん"に「できた、お母さん見て!」と言われて振り返ると、はて?パーツがバラバラで、お世辞にもコースとして成立はしていない様子。
でも、満足げな様子に困惑していると、「カンカンカンカン♪」という効果音が…。
ハッとしてよく見ると、交差点用の×のパーツの下に、カーブを繋げた〇が2個並び、その下に縦に延びる直線のパーツ、そして直交する直線パーツの長い線…あぁ、コースじゃなくて、踏切を作っていたのだね、君は、と苦笑してしまいました。
折り紙をチョキチョキ切っているなぁと思っていると、こんなものができていたり。

  

 

はたまた、トランプで遊ぼうと誘われ、ババ抜きか?七並べか?と思っていたら、こんなものを一緒に作ることになったり。

 

大好きな踏切を通して、形や縞々などを認識しているんだなぁと感心していたときに、素敵な絵本と出会いました。
『すうがくでせかいをみるの』(ミゲル・タンコ 作・福本友美子 訳/ほるぷ出版/2021年)音楽や科学など、家族が好きなことを一通り試してみたけれどピンとこなかった主人公、でも数学は楽しくてたまらない!数学で世界を見たら、こんなに楽しいの♪という数学への愛が溢れた1冊です。
この絵本を読んで、私は世界を科学で見ることがたまらなく楽しいのだということを再認識したり、私とは違う世界の見方を楽しんでいると思われる両親が、科学で世界を見る娘をそっと見守ってくれたことに感謝したり、今は専ら「鉄道」や「踏切」を通して世界を愛でている息子を私もそっと見守っていきたいと思ったりしました。

手の話

幼稚園でおしゃべりに磨きをかけている年少の"みっつん"、子どもならではの自由な発想を微笑ましく思ったり、いつのまにか忘れてしまっていたものの見方を示されてハッとしたりしています。
「~坂道→動物の足の数~」では、坂道を自力で登れるものには足がある、という3歳の"みっつん"なりの理解をご紹介しました。
そこから動物の足の数にも興味が出た様子だった彼と、自宅にあった、動物が登場する絵本を「登場する動物の足の数」に注目して一緒に読んだ話を書きました。
今回は、その後日談です。

それは、ディズニーの「ターザン」を一緒に観ていた時でした。
わけあって、ジャングルでゴリラに育てられたターザンは、成長するに連れて、自分だけ仲間のゴリラたちと姿が違うことを気にし始めます。
ある日、なぜ自分だけ違うのか!?と迫ったターザンを母ゴリラは抱き寄せ、心臓の音を聞かせたり、目も2つ、耳も2つ、鼻も1つ…と「同じ」ところを挙げて慰めます。
手も2つ!と差し出されたターザンの手に、母ゴリラが手を重ねたとき、ターザンは2つの手の「違い」にハッとして戸惑います。
そのシーン、私も夫も、ヒトとゴリラの手の形の違い、親指の付き方の違いに戸惑っているのだと理解し、特段に気に留めてはいませんでした。
ところが、そのシーンをジッと見ていた"みっつん"は、「こう(手のひら側)と、こう(手の甲側)だからじゃない?」と言ったのです。
確かに、同じ人の手でも、手のひらと手の甲では、見え方が全然違います。
なるほど、君はターザンの戸惑いをそう理解したのだね、と思わず唸ってしまいました。

私たち大人は無意識に、「動物の種類が違うことによる手の形の違い」に着目をしましたが、"みっつん"は「手の向きによる形の違い」に注目していたのが印象的だったので、理科読してみました。
まずは『むかいあわせ』(よつもと あきら/かがくのとも特製版・1985年3月号/福音館書店)。
自然の中にあふれるシンメトリーな形がたくさん登場するのですが、途中にアシンメトリーなヤドカリが登場するところがお気に入りです。
"みっつん"も「あれ~?ちがうね~」とツッコミを入れながら楽しんでいました。

続いて『あしのうらのはなし』(やぎゅう げんいちろう/かがくのともえほん/福音館書店)。
この本にはゴリラも登場します。
「ゴリラだね」とのことだったので「ゴリラの手はどんな形?」と聞いてみるとじっくりとページを眺めて「ゴリラのあしのうらとてのひらは、よくにている」と絵本に書かれた文を読み上げていました。
ひらがなが読めるようになってきて、自分で口に出して読み上げることで、言い回しを獲得したり、理解を深めたりしている様子が見られるようになってきました。

『どうぶつのあしがたずかん』(文:加藤由子/絵:ヒサクニヒコ/岩崎書店/1989年)を読んだ後、"みっつん"が生後1か月、1年、2年の手形・足形を一緒に見比べ「成長だね」と言うと、「成長だね」と満足そうな様子でした。

『ほんとうのおおきさでみてみよう! だれのあし?』(写真:福田豊文/監修:今泉忠明/ひさかたチャイルド/2019年)を読み、動物園で確かめたくなっていた時に、ホワイトタイガーの足の裏は何色?というテレビのクイズと出会った"みっつん"は「ピンクだって!」と興奮気味に報告してくれました。
興味関心が湧いている時に関連する情報があると、自力でグイグイ吸収していけるのだなぁと実感した出来事でした。
やり過ぎにならない程度に、さりげなく環境を整えて、そそのかしていきたいです。

※ 写真:息子生後1か月と3歳の時の手形

 

マメを育てよう!

"みっつん"が幼稚園に入り、これまで以上にボキャブラリーや言い回しが豊富になってきました。
お友達や先生方から吸収したと思われるフレーズに加え、絵本発と思しきネタもしばしば登場します。

そんな"みっつん"は、ほぼ毎晩寝る前に「えほん よんで!」という攻撃をしかけてきます。

  
廊下の壁面に数十冊の絵本を「面陳」しているのですが、そこから、容赦なく5,6冊抱えてベッドへと攻め込んでくるのです。
2,3冊目でこちらが睡魔に負けようものなら、「ちゃんと よんで!」と(文字通り)たたき起こされる毎日です。


そんな"みっつん"がここのところハマっていたのが、『カストールのたのしいまいにち まめをそだてよう!』(ラーシュ クリンティング/偕成社/2000年)です。
1週間ほど、「鉄ちゃん」お気に入りの電車や踏切の絵本と共に、毎晩読みました。
すると、ある日突然「ぼくねー、 なんか まめを そだてたくなっちゃった」と言い出したのです。

これは大チャンス到来です。
「どんな豆を育ててみたいの?」と尋ねると、「うーんとね…」と熟考の末、「えだまめ!」との回答。
翌日、豆の在庫があるか確認する約束をして、その夜は眠りにつきました。
翌朝、キッチンにあったダイズ、インゲンマメ、黒大豆を植えてみたいとのことだったので、「このまま植えればいいんだっけ?」と聞いてみると、「ちょっと まってて」と寝室に『まめをそだてよう!』を取りに行き、「みずを はった どんぶりが ひつようです!」とのこと。
「うえるふかさに しるしをつけた ぼうもね!」と、絵本の中で主人公のビーバーが、庭師さんの栽培ノートを確認しながら栽培していたように、絵本で手順を確認する姿に、我が子ながら天晴れ!と思いました。

芽が出るかわからないけれど、「やってみたい」気持ちを大切に、チャレンジしてみることにしました。
せっかくダイズなどの豆を植えたので、鉄は熱いうちに…と夜の絵本タイムに豆の絵本を仕掛けてみました。

まずは『だいず えだまめ まめもやし』(こうや すすむ 文・なかじま むつこ 絵/かがくのとも 1992年6月号/福音館書店)を読んだのですが、春に撒くという情報に母子でガビーン!となりました。
が、「ふゆになったら、おうちに いれてあげれば?」というアイディアが出てきたので、何はともあれやってみることにしました。

ほかにも『ピーナッツ なんきんまめ らっかせい』(こうや すすむ 文・中島 睦子 絵/かがくのとも 1987年10月号/福音館書店)、『あつめた・そだてたぼくのマメ図鑑』(盛口満/岩崎書店/2015年)などをまとめ読みしてみました。
ちょうど、殻ごと販売されていたハシバミの実(ヘーゼルナッツ)を買って食べたばかりだったので、体験と本で読んだこととが、いろいろとつながった様子でした。
また、ピーナッツ・バターや柿ピーなど、食べたことのあるものが登場しているところも、食いつきがよかったポイントでした。

そんな日々を過ごしていたところ、たまたま「ピタゴラスイッチ」で、ビーバーの巣について扱っていた回を観ることができました。
カストールの絵本や、ディズニーの「わんわん物語」に登場するビーバーを初めて実写で見ることができ、息子の中に、また1つつながりができたようでした。

坂道→動物の足の数

前回の記事では、3歳の息子が「どうして、おやねには、こういう(とんがり屋根を手で作って)のと、こういう(平らな屋根)があるのに、こういう(V字形)のはないの?」という疑問をぶつけてきたのをきっかけに、『分水嶺さがし』(野坂 勇作/たくさんのふしぎ 2016年8月号/福音館書店)を思い出して、屋根に降った雨水がどうなりそうかを一緒に考えてみたところ、3歳児なりに「あぁそうか」と納得できた様子だったことを書きました。
今回は、その後日談です。

屋根の形について考えた翌日、息子と幼稚園に向かっていたときのできごとでした。
片手で息子と手をつなぎ、片手で自転車を押しながら、幼稚園の手前にある、急な坂道を登っていました。
ふと前日の屋根談義を思い出し、「この坂道に雨が降ってきたらどうなると思う?」と尋ねてみました。
すると「ジャーって ながれる!」との回答。
「じゃあ、ビー玉はどうなると思う?」と尋ねると、
「ころがっちゃう!」。

いいぞ、息子よ、重力を感じているね、と思いつつ、いじわる母は仕掛けてみることに。
「じゃあ、私たちは、どうして転がらないで、坂を登れるんだろう?」、
「・・・・・・あしが あるから!」。
なるほど、君、賢いね!と思いました。

「足があったら、坂を登れるのかな?じゃあ、ネコちゃんには足ある?」、
「ある!」、
「ネコちゃんは坂、登れる?」、
「のぼれる!」、
ワンちゃん/アリさんについても確認してから、「自転車は?」と聞いてみました。

「自転車にも足、ある?」、
「じてんしゃは タイヤがついてる!」、
「坂、登れる?」、
「・・・・・・おかあさんが がんばってるから・・・。」、
「そうだね~。お母さんがいなくて自転車だけだったら登れないけど、足があるお母さんが頑張れば、自転車も坂を登れるね」などと話している間に坂を登り切った朝でした。


我が家にはクアドリラというおもちゃや、ロジックというおもちゃがあります。
どちらも自分でコースを組み立てて、ビー玉を転がして遊ぶおもちゃです。
手を動かしながら、傾きがないとビー玉が転がらないことを体感している様子です。
そんな息子と楽しめるのが、『ころころころ』(元永定正/福音館書店/1984年)です。
色とりどりの玉がころころと転がる様子がかわいらしく描かれています。


会話をきっかけに、動物の足の数にも興味が出てきている様子だったので、自宅にあった動物が登場する絵本を用意して、「登場する動物の足の数」に注目して一緒に読みました。
『ねえ だっこして』(竹下文子:文 田中清代:絵/金の星社/2004年)→ネコ、
『ずーっと、ずっと、だいすきだよ』(ハンス・ウィルヘルム:えとぶん 久山太市:やく/評論社/1988年)→イヌ、
『ハエトリグモ』(池田 博明:文 秋山 あゆ子:絵/福音館書店/かがくのとも 2016年8月号)→クモ、
『ファーブル先生の昆虫教室』(奥本大三郎/ポプラ社/2017年)→昆虫など。


「科学の本を読む」だけではなく、「科学的な視点で読む」のも理科読だよね、と改めて思った1日でした。
動物の足(手?)については、もう1つエピソードがあるので、改めてご紹介したいと思っています。

屋根の形

それは、突然の一言でした。
朝食の片づけをしていると、3歳になった"みっつん"が突然、「おかあさんに おはなししたいことが あります」と話しかけてきました。
「なあに?」とお皿を洗いつつ尋ねると、
「どうして、おやねには、こういう(とんがり屋根を手で作って)のと、こういう(平らな屋根)があるのに、こういう(V字形)のはないの?」と思いもよらない質問が。

さぁ、大変!
これは、チャンスです。
せっかくの疑問の種に、どんな水やりをしたら、芽が出るか!?
お皿そっちのけで、沈思黙考・・・さしずめ、木魚がポクポクポク、チーン!といったところでしょうか。
「それぞれの屋根に、雨が降ったら、どうなると思う?」と尋ねてみると、
「これ(三角屋根)は、じゃーってなって、これ(平ら)は・・・?」と悩んでいる様子。
そこで、「平らなテーブルでお水をこぼしたら、どうなる?」と聞いてみると、
「はしっこまでいってジャーって落ちる!」と満面の笑み。
「じゃ、こう(V字)なってたら?」と聞くと、しばらく考えたのちに、
「プールみたいになる!」との答えが返ってきました。

『分水嶺さがし』(野坂 勇作/たくさんのふしぎ 2016年8月号/福音館書店)を読んで以来、「あめふりくまのこ」を替え歌して、「お山の高いところには、あっちと、こっちの境目が。そうです、そこが分水嶺♪」と歌ってきた甲斐があった!と勝手にほくそ笑んでしまいました。
坂道について、もう1つエピソードがあるので、改めてご紹介したいと思っています。

カタツムリ

春を感じたと思ったら、日中は暑いくらいの日が増えてきました。
そうこうしているうちに、あっという間に梅雨がやってきそうな気がします。
みなさんは、梅雨というとどんなものを思い浮かべるでしょうか?
「雨に濡れるアジサイとカタツムリ」というモチーフが浮かんだ方は多いのではないでしょうか?

昨年の梅雨時期、当時2歳だった"みっつん"と「かたつむり」を歌い、「お散歩しながらカタツムリを探してみよう!」ということになったのですが、これがなかなか出会えなかった!
アジサイはご近所にもたくさん咲いておりました。
花のない時期には気づかなかったのですが、こんなにたくさん植わっていたのかと驚くほどでした。
ところが、カタツムリとは一向に出会えませんでした。
でも、"みっつん"よりも私がカタツムリに出会いたくなってしまっていたので、まずは本で情報収集をしてみることにしました。

図書館で取り寄せた
『うまれたよ! カタツムリ』(武田晋一 写真/ボコヤマクリタ 構成・文/岩崎書店/2013年)
『かたつむり』(夏目 義一 作 /三枝 博幸 監修/福音館書店/月刊「かがくのとも」1997年3月号)
を"みっつん"と一緒に読みました。

その結果、私の方が
「赤ちゃんカタツムリって泳げるんだ!」
「食べたものでウンチの色が変わるの!?」
「けっこう なんでも食べちゃうんだ!」
などと発見が止まらず、大興奮してしまいました。

そして、梅雨時期のイメージが強いカタツムリですが、通年で出会えるチャンスがあることを確認し、気長に探す作戦に変更したのでした。

ところが、カタツムリへの情熱は長くは続かず、いつのまにか「カタツムリ探し」のミッションを忘れてしまっておりました。
ところが、出会いは10月に突然訪れました。その日は、仕事の間、ベビーシッターをお願いしていたのですが、仕事から帰宅すると、「かたつむり、つれてきたの!」と"みっつん"からの報告が。
"みっつん"が指さす方を見ると、テーブルの上に、オヤツに用意したヨーグルトのカップがのっています。
もしや、と思って中を覗くと、緑の葉っぱの上に直径1㎝ほどの殻に隠れたカタツムリがコロンとのっていました。
「散歩途中のブロック塀のところにいたんです。」とシッターさん。

それを聞いて、以前、テントウムシの蛹を探したときのことを思い出しました。
あの時も、葉っぱの上ばかり探して出会えなかったテントウムシの蛹が、ご近所の外壁にたくさんいたように、カタツムリもアジサイの葉っぱばかり探していては駄目だったんですね・・・。

「ムシ」が怖い"みっつん"は、カタツムリに興味はあるものの、おっかなびっくりといった様子だったので、「カタツムリはとてもゆっくり動くから怖くないよ」と伝えてみたのですが、半信半疑な様子。
そこで、視点を変えて、「カタツムリはね、虫じゃなくて、貝の仲間なんだよ」と伝えてみました。
すると、アサリやシジミなど貝は美味しいということを思い出したようで、「じゃあ、こわくないね!」と笑顔になり、興味深そうに殻に閉じこもったカタツムリをながめていました。

「かたつむり」の歌に登場した、「あたま」や「めだま」や「つの」、「やり」を見たいのですが、なかなか殻から出てきてくれません。
そこで、絵本を参考にキャベツやニンジンなどを用意して、数日間、我が家に滞在してもらいました。
(あとになって、『小学館の図鑑NEO 飼育と観察』が自宅にあったことを思い出しました。)

その後、「アジサイの葉っぱ」という先入観を捨てたことで、同じブロック塀や、近くの墓地の水道のところなどでカタツムリを見つけられました。
今年の梅雨時期には、カタツムリと出会えるか、今から楽しみです。

地図・地形と鉄道を楽しむ

3歳になった"みっつん"は、「子鉄」まっしぐら。
絵本も鉄道関係のものが大好きです。
図書館の絵本コーナーにズラリと並んだ背表紙たちの中から「これがいい」と抜き出した絵本が『はこねのやまの とざんでんしゃ』だったりするので、驚かされます。
背表紙のタイトルを読んでいるという感じではないので、「でんしゃ」という文字のまとまりを映像として認識しているのでは?と思っています。

そんな息子の最近の楽しみの1つが、お風呂に入浴剤を入れること。
日本の名湯シリーズや、姉からもらった屋久島の入浴剤をしばらく楽しんでいたのですが、「やくしま どこ?」と聞かれ、これは地図を見せながら話した方が早いかな?と思い立ちました。
これまでも、気象予報を見ながら「ほっかいどー!」を覚え、以来、乳製品のパッケージなどに描かれた北海道に反応していたので、地図を楽しめるのでは?と考えたのです。
大好きな鉄道のルートも、日本地図を見ながらだと、より楽しめるかも?ということで、夫が立体的な日本地図を探して購入し、リビングの壁に飾ってみました。


この地図を見て、屋久島にかなり高い山があることを知りました。
親戚が住んでいる所や、何か美味しいものを食べたときには、その食材がどこからやってきたか?など、手近に地図があることで、新しい話題が増えました。

地図があることで、絵本の読み方も変わってきました。
先ほどご紹介した『はこねのやまの とざんでんしゃ』の「はこね」がどこにあるのか、読み終わってから地図で確かめてみたのです。
これまで読んできた鉄道絵本たちも再登場。
『チンチンでんしゃのはしるまち』 の舞台、長崎はどこ?
『モノレールのたび』・『まちからうみへ はしれ江ノ電』 に登場する湘南モノレールや江ノ電はどこを走っているの?
『ふみきりくん』のモデルになった京成電鉄海神駅はどの辺?
など、絵本に登場する町がどこにあるのか親子でワクワク確かめています。

また、息子のお気に入りの1冊、『でんしゃをはこぶ』は、えちぜん鉄道の陸送をモデルにした話です。
どうやら兵庫県の尼崎にある車両メンテナンス工場から、京都の山道を通って福井駅までの旅のようだ、ということで道のりをなぞってみたり、
自宅近くを流れている多摩川が登場する『日本の川 たまがわ』を読んでは、奥多摩から東京湾までの川の流れをたどってみたり。
もっとも、息子にとっては、この絵本も川の絵本ではなく「いろんな でんしゃが でてくる ほん」になってしまうので、「鉄愛」恐るべしです。

地図が立体なので、山から低い方へ水が流れる様子もよくわかります。
お気に入りの新幹線のルートを確かめてみると、高い山々を避けて線路がとっていることも実感できます。

"みっつん"と過ごしていると、「好きこそものの上手なれ」という言葉を実感します。
「鉄道」好きを極めているうちに、トーマスにハマり、車体番号で数字を覚え、車体の色で、「あか」や「あお」など色に興味を持ち、二か国語で放送されているアニメを見ているうちに、日本語のほかに「えいご」という言葉があることに気づき・・・鉄道の図鑑やカードゲームを通して、「きゅうしゅう」や「おおさか」などといった地名にアンテナを張り始め・・・。
私から見ていると、なぜそんなにも「鉄」なのか?と疑問に思うことが無いわけではないのですが、"みっつん"なりの世界の捉え方・広め方があるのだと腹をくくって、これからも見守っていきたいです。

『はこねのやまの とざんでんしゃ』(横溝 英一/福音館書店/かがくのとも傑作集1993年)
『チンチンでんしゃのはしるまち』(横溝 英一/福音館書店/かがくのとも傑作集/2002年)
『モノレールのたび』(みねお みつ/福音館書店/かがくのとも絵本/2017年)
『まちからうみへ はしれ江ノ電』(持田昭俊/小峰書店/2005年)
『ふみきりくん』(えのもと えつこ 文・鎌田 歩 絵/福音館書店/2019年)
『でんしゃをはこぶ』(鈴木周作/福音館書店/かがくのとも2020年2月号)
『日本の川 たまがわ』(村松昭/偕成社/2008年)

言葉と体験

おかげさまで"みっつん"も2歳後半になり、母譲りのおしゃべりに磨きがかかってきました。
母の陰謀で、大量の絵本、しかも内容的にかなり理科に偏りのある絵本を読み聞かせてしまっていますが、最近では自発的にキンダーブックやかがくのともなどを「これ読んで!」と持ってきてくれるようになったので、それなりに楽しんでもらえているのでは?と前向きに捉えています。
そんな"みっつん"は、絵本や私たち親とのやり取りで獲得した言葉にも、やや偏りがありまして・・・。

たとえば、私が台所で野菜を切っていると、横に来て「だんめんず!」と言うようになったのは、間違いなく『だんめんず』(加古 里子/福音館書店/かがくのとも絵本2018年)の賜物です。
見えている外側と、切ったときに初めて見えるようになる内側の様子との関わりについては、『やさいのおなか』(きうち かつ/福音館書店/1997年)や『やさい いろいろ かくれんぼ』(いしかわ こうじ/ポプラ社/2011年)などを繰り返し読みながら深めているようで、絵本で得た言葉・出会った概念と、生活での体験とが往還しているように思います。

さて、以前にも書いたのですが、そんな"みっつん"は虫があまり得意ではありません。むしろかなり苦手です。
公園で出会う「ありさん」も、遠くから見ている分にはいいけれど、触れられそうなほど近くに来られるのは、遠慮したい彼にとって、自宅のあちらこちらでピョンピョン飛び跳ねている小さな「くもさん」も、恐怖の対象でした。
壁や床にいるのを見つけては、その場に固まって、じっとクモの行方を見つめておりました。
そこで、少しでも恐怖心が和らいだらいいな、と思い、『ハエトリグモ』(池田 博明:文・秋山 あゆ子:絵/福音館書店/かがくのとも2016年8月号)を一緒に読みました。
その日から、なんとなく怖かった「くもさん」は、「ハエトリグモさん」に昇格。
今ではクモを見かけると「ハエトリグモさん、今日も虫食べてね。バイバーイ!」と言葉に出すことで、まだちょっぴり怖い気持ちをなんとかコントロールしようとしている様子です。

よく知らないものに恐れを抱くのは、大人でも同じこと。
そのときに、絵本などを通して相手について知ることは、恐怖心を克服するために大切なのだと再認識しました。

言葉と体験の関係について、もう一つ感じていることがあります。
それは、言葉(概念)があることで、観察の視点が豊かになる、ということです。
根っからの「鉄ちゃん」な"みっつん"は、電車が登場する絵本たちが大好きです。
『チンチンでんしゃのはしるまち(横溝 英一/福音館書店/かがくのとも傑作集/2002年)でパンタグラフや分岐という物を知ると、街で見かける電車や線路を見ては「ぱんたぐらふ!」、「ぶんき!」と大喜び。
その部分に注目して観察を続けた結果、パンタグラフに◇の形をしたものや>の形をしたものがあることを発見したり、線路の分岐は駅の近くにたくさんあることに気づいたり…。

最近のブームは、「ワイパー観察」です。
電車や車を観察していて、2本のワイパーが平行に動くものや、内⇔外と動くもの、縦のもの…といろいろあることに気づいた"みっつん"は、大好物の電車図鑑たちを見る時も、専らワイパーに着目をしています。
「この電車には3本ついてる!」、「こっちは4本!」と発見が尽きません。

"みっつん"と絵本を読むようになって、私自身も新たな発見の連続です。
ついつい、より長く生きてきた分、"みっつん"よりもあれこれ知っているつもりになってしまい、私が選んだ本を与えているつもりになってしまうことがあります。
でも、先入観も何もなく読み進めた"みっつん"が発見したことを伝えられて、「そんなことが描いてあったの!?」とびっくりしたり、「そんなところに注目して読むことができるのか!」と教えられたりしています。
子どもってスゴいと改めて感じています。

雨上がりのシャボン玉

昨日は、朝起きた時には霧雨が降っていましたが、朝食を食べているうちに雨が上がりました。
地元の図書館で30分以内の閲覧や貸出しが再開になったので、数か月ぶりに"みっつん"と図書館に行くことに。
図書館大好きっ子だった"みっつん"は、「きょうは としょかん はいれない」、「はやく ばいきん ばいばいすると いいねー」などと自分に言い聞かせながらいじらしく我慢を続けてくれていましたので、「短い時間でも、書棚の前まで行くことができ、自分で本を選べたら、どんなに喜んでくれるかしら?」と思いつつ、出かける準備をしていました。
さぁ、出発!と思ったら、「これ読む」と"みっつん"が廊下の本棚から1冊の絵本を持ってきました。

急ぐ旅でもなし、まぁいいか、と思いながら何気なく手渡された絵本を見ると『あめあがりのしゃぼんだま』でした(昨年の『ちいさなかがくのとも』6月号です)。
「これはまた、今日のお天気にピッタリの絵本を選んだこと!」と感心しながら、久しぶりに読みました。

昨年、1歳の"みっつん"と読んだときには、「シャボン玉を作る」ということを中心に楽しみました。
自分の吹く息の強さを調節する、ということがなんとかできるようになった頃でした。
何回か吹いたらもう満足で、あとは母に作らせたシャボン玉を愛でる時間の方が長かったように思います。
そんな"1歳のみっつん"と一緒に読んでいた時には、私の読み方も「吹き方を変えると大きさが変わる」というところに重点を置いていました。

でも、"2歳のみっつん"は、シャボン玉を作ることはお手の物になってきました。
すると、不思議なことに母親の私自身の読み方も変わっていました。
昨日は「雨上がりの葉っぱや石などの上に落ちたシャボン玉はなかなか消えない」というところが気になったのです。
そして絵本を読みながら、「今日は試してみるのに絶好のコンディションなんじゃ?」とか「使いかけのシャボン液がちょうど残っているぞ」といった野望が脳裏をよぎっていきました。

"みっつん"自身は、絵本を読んだことで満足して「じゃ、おさんぽいく?」と気持ちを切り替えているにもかかわらず、私の好奇心がうずうずしてしまい、シャボン玉セットを持って家を出ました。
そして、そのまま玄関先でしばらくシャボン玉タイムにしてしまいました。
最初は私が雨に濡れた木々を狙ってシャボン玉をつくって、「シャボン玉、割れずに残ってるね。」と指さしてみたところ、「ほん(本)と いっしょ!」と食いついてくれました。
その後は"みっつん"もシャボン玉を作り、割れずに残ったシャボン玉を1つ1つ指でつついてはじけさせるという新しい遊びを楽しみました。


10分ほど雨上がりのシャボン玉を堪能してから、図書館に行ってきました。
最初は、感染防止対策が施されて少し雰囲気の変わった図書館に恐る恐る踏み入れていましたが、お目当ての本棚の前に到着すると、「これ!しんかんせん!」と大好きな新幹線の絵本を取り出し、嬉しそうでした。
背表紙には漢字で「新幹線100点」とあるだけなのに、あまたある絵本の中から迷うことなく一発で取り出している様子に、よく覚えていたなぁとただただ感心するばかりでした。
そして、図書館にまた通えるようになったことが本当にありがたいです。
感染症の予防には気をつけながら、たくさん読んで、たくさん体験していきたいです。

 

『あめあがりのしゃぼんだま』
吉田瑠美
福音館書店
ちいさなかがくのとも 2019年6月号
¥407+税